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阿修羅、ガニア死去 [スポーツの秋SP〜プロ野球選手になりたかった客〜]

父さん事件です
いやはや参りました
阿修羅原
バーン・ガニア
という2人の素晴らしいレスラーが死去しました

2人とも国際プロレスに関わり
阿修羅原選手は国際プロレスでデビューされ
ガニアは国際プロレスにAWA王者として参戦されました

今年はテンルーこと天龍源一郎選手が引退
龍原砲が終わってしまいます
元プロレスラーで天龍源一郎とのタッグで活躍した阿修羅原さん(本名・原進)が28日午前5時15分、肺炎のため長崎県雲仙市内の病院で死去したことが分かった。68歳だった。原さんはラグビー日本代表から転身、77年に国際プロレス入りし、海外遠征を経て78年にデビュー。作家・野坂昭如氏から「阿修羅原」と命名され、活躍した。国際プロ崩壊後は全日本に新天地を求め、87年には天龍と天龍同盟を結成。一時代を築いた。94年10月にWARの故郷・長崎大会で引退した。得意技はヒットマンラリアート、雪崩式ブレーンバスターなど。29日午後7時から諫早市のJAながさき県央協同社小野斎場で通夜、30日午後1時から同所で葬儀・告別式が営まれる。喪主は原さんの妹・山田咲子さん。(デイリースポーツ)


日米両国で人気を博した米国人プロレスラーで、故ジャイアント馬場さんとも対戦したバーン・ガニアさんが27日、亡くなった。89歳だった。米ABCテレビなどによると、ガニアさんはアルツハイマー病を患っていたという。1960年に米国レスリング協会(AWA)を設立。ハルク・ホーガンさんら人気レスラーを多く生み出したAWAで、レスラーとプロモーターを兼務しながら、81年までに10度のヘビー級王座に輝いた。相撲好きでも知られ、92年には「米国相撲協会」を設立。レスリング用のトランクスの上にまわしを締め、スニーカーで競技する米国流の相撲を広めた。(朝日新聞デジタル)
インデペンデント電子版は「バーン・ガニア死去 WWE殿堂レスラーが89歳で」の見出しで報じた。息子のグレッグ・ガニアが明らかにしたとしている。WWEも公式ツイッターで悲報に触れ哀悼の意を写真つきで表明している。ガニア氏は米国ミネソタ州出身。プロレスラーとしてのキャリアをNWA(全米レスリング同盟)でスタートさせると、数々のタイトルを獲得。NWA離脱後はミネアポリスを本拠地にAWAを立ち上げ、現役選手兼プロモーターとして、同団体の実質的トップに君臨した。(デイリースポーツ)
1985年にWWF(現WWE)が全国制覇を遂げるまで、日本では長らく「世界3大王座のひとつAWA」というお題目で紹介され、実際、マット界の超有力プロモーターとして舞台裏を牛耳っていたのは間違いないことだ。 97年1月下旬には、アルツハイマー病の専門施設に入っていたのに加え、施設内で97歳の男性を投げ飛ばして死なせたというショッキングなニュースが飛び込んできた!殺人だと認定はされたが、痴呆症なので罪には問われていない。(ミルホンネット)
ワタクシガニアの試合は観たことがありませんが
TSUTAYAで借りたAWAのヒストリードキュメントを見て
ああ素晴らしい人なんだなあと感じておりました

阿修羅原選手は長州選手に噛みつくヒットマンから観ましたが
やはり龍原砲には興奮させて頂きました
ありがとうございました
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